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ホワイトカラーエグゼンプ ション制の本質と留意点

2013.12.12

 

一昨日の日経新聞夕刊に、「専門職、労働時間柔軟に」という見出しで、産業競争力会議の民間議員が、年収1,000万円超の専門職を対象に、ホワイトカラーエグゼンプション制を導入できるよう求める提言をまとめた、という記事が出ました。これは、過去にも何度か議論になり、これまでは法律としての成立を見ていませんが、今回はどうなるか注目しています。

今回の報道に先立ち、8月にも同じような動きがあり、その際は、誤報ということでしばらく動きがありませんでしたが、やはりこのトピックは徐々に実現へ向けて進んでいるような感触がります。以下は、9月に顧問企業向けに発信した内容ですが、改めて掲載します。

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(引用開始)

8月中旬に日経新聞などで、「秋の臨時国会に提出予定の産業競争力強化法案にプロフェッショナル労働制を可能とする仕組みを盛り込む」という報道がなされました。
 
いろんな意味でサプライズ報道だったのですが、特に、労働基準法の改正を経ずに労働法制を変えるというプロセス自体が驚きでした。しかしその後、厚生労働省はこの報道内容を明確に否定しているようですので、現段階では、日経新聞などによる誤報であった可能性が高いのではないかと思います。
 
プロフェッショナル労働制とは、労働基準法に定める「一日8時間、一週40時間」という労働時間の上限を適用しない職種を作り出して、所定労働時間外、休日、深夜に関わらず、時間外労働手当を支払わずに労働させることができる制度ということです。
 
2007年ごろに、ホワイトカラー・エグゼンプション制という、ほぼ同内容の制度が議論されたことがありましたが、「残業代ゼロ法案」という声が上がり、廃案となっています。ただその後も、産業界からの要望は強いものがあったと思われ、今回のプロフェッショナル労働制に繋がっていると思われます。
今回は誤報であったと思われますが、今後もこのトピックは、体制を立て直して断続的に表に出てくるでしょう。
 
ホワイトカラー・エグゼンプション制もプロフェッショナル労働制も、適用対象者は、課長級以上の社員です。課長級ということですので、いわゆる非管理職の最上位層まで含むものと考えられます。今回は、適用対象者の最低年収の目安は800万円超ということでしたが、前回2007年の議論時は、経団連は年収400万円超を主張していましたので、経営側としては、時間外労働手当の人件費を何とか切り詰めたいと必死になっていることが伺えます。
 
私が直接コンサルティングを通じて知っている限りでは、東証一部上場の大企業では、年収1000万円超でも残業代の支給対象となっている非管理職社員が相当数存在しており、これは確かに問題があるなと思います。
 
なにが問題かというと、年収水準もさることながら、労働の質と量のバランスということになります。特に日本企業は、夜の時間帯に会議が設定されていたり、上司が帰社してから打ち合わせをすることも少なくないため、待機時間が発生します。この待機時間も当然労働時間として計算されるため、労働の質はとても低いといえますが、労働の量としては、事業場内にいるだけでメーターは回り続けます。
 
さらに、日中は会議漬けで、夜にならないと本来の仕事ができないという人も多いと思います。日中の会議も生産性が高いものであれば良いですが、単なる報告会であったり、討議すべきアジェンダが曖昧なまま、惰性で毎週会議を行っていたりという具合で、メールでの代替が可能なものや、本来不必要なものも少なくないと思います。こういうのは、遣り甲斐にもつながりにくく、いわゆる「やらされ感」が発生する温巣といえます。私が初めて就職した会社もまさにこういう状況でした。社員としては、残業代がどんどん入ってくるのでありがたいのですが、経営としては如何なものかと思います。このトピックは、またどこかで取り上げたいと思います。
 
こういう状況を熟知している経営者は、労働の質を重視した働き方への転換を要望するのは、自然な流れと言えます。一方、働く社員からすれば、「そんなことを言われても、今の業務量を残業せずに終わらせることは無理」というのが、大方の共通認識ではないでしょうか?
 
組織運営の変更と制度の変更を同時並行で進めなければ、想定した効果は得られません。今回の政府のアプローチは、制度変更のみを先行させるというやり方です。
 
企業でも同じように形から入ってしまうことがあります。人材マネジメントに課題があると認識している企業は、人事制度を改訂したがるという傾向があります。ところが、等級・報酬・評価の仕組みを変えることありきで改革を進めても、ある時点で壁にぶつかり、それ以上進めなくなるか、無理に進めて何の効果も得られないという結果になることがあるのです。それは、背景に経営と社員の信頼関係に問題があったり、ビジネスプロセスや組織運営の非効率さ、人的資源の絶対量の不足やスキルのミスマッチなど、制度だけで対応できない課題が潜んでいることが多いからです。
 
プロフェッショナル労働制も、かなり近い将来に姿かたちを変えて再び登場する可能性が高いと思いますが、この議論の危うさは、まず形から入っているように見えることです。
 
新しい仕組みを入れる場合、当然、現状分析が欠かせません。「業務の繁閑に応じて柔軟な働き方をできるようにする」というのがプロフェッショナル労働制の大前提ですが、際限なく会議が続く日本企業の風土や、仮に閑散期があった場合でも休みを取ることに罪悪感を感じがちな日本人の気質なども考えると、法律による強制力で労働時間を制限しない限り、この制度の対象者が、これまで以上の長時間労働を余儀なくされることは、ほぼ間違いないでしょう。
 
同じ収入であるならば、出来るだけ短時間の労働で済ませたいというのが人情ですから、頑張って生産性を上げようという方向に行けばよいですが、先に挙げた日本的組織風土がそれを阻むでしょう。
 
仮にこの制度が実施されたとしても、当面は、大企業の社員が対象になりそうですが、一度導入されれば、遠からず中小企業まで波及してくることが考えられますので、いまのうちから、頭の片隅に置かれておいた方が良いかと思います。
 
少なくとも報酬面の対応としては、こういった制度の対象者には、「労働の量」に対して支給される残業代がなくなる替わりに、「労働の質」に対する処遇(賞与や報奨金など)でしっかり報いる体制の整備は、最低限必要になってくると思います。
 
経営が搾取するだけでは結局長続きしませんので、労使ともにWin-Winの状況になるための打ち手を考えていく必要があるかと思います。

(引用終了)
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先日の新聞報道では、年収1,000万円超の専門職が対象、健康確保措置として休日・休暇を強制的に取らせるほか、年単位などの労働時間の上限を設けるよう訴えるとあります。政府と立法面からの対応としては、望ましい対応の方向性は出てきているように感じます。一方、経営サイドから日本的な企業体質を率先して変革して、生産効率の向上を図るという動きは、大きな流れにまでは至っておらず、個別の企業単位で対応されている状況に留まっていると思われます。

先の引用の中でも書いていますが、欧米式のホワイトカラーエグゼンプション制の導入に際しては、日本的企業風土・日本人気質を踏まえて、経営が本気で取り組むべき課題だと思います。単なる残業代削減の施策としてではなく、日本的組織運営の効率化につながるような議論も深まっていくことを期待します。

 


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