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前払い定額残業手当の留意点

2013.12.1

 

時間外労働(残業)は、割増賃金(残業代)の支払いに直結するため、社員が残業しているにも関わらず、残業代を支払わないサービス残業が発生しがちです。想定外の人件費が増加することは、特に中小企業にとっては死活問題に発展しかねませんので、残業代を払いたくないという気持ちは分からなくもありませんが、法律に触れてしまう以上、やはりルールは守らないといけません。特に近年は、長時間労働で残業代を払わない会社を指して「ブラック企業」という言葉も市民権を得てきており、厚生労働省も、ブラック企業対策として企業の調査を強化してきています。

【以下、日経新聞記事より】
———————————————————————————————————————————————————————————————————–厚生労働省は8日、残業やパワハラなど労働環境が悪い「ブラック企業」について、9月から実態調査を始めると発表した。離職率が高かったり、長時間労働で労働基準法違反の疑いがあったりする全国の約4千社が対象となる見込み。調査期間は1カ月間で集中的に実施する。
若者らの間ではブラック企業への関心が高まっており、厚労省が対策に乗り出すのは初めて。
調査では企業に対し、長時間労働や賃金不払いの残業などの法令違反がないよう指導し、再発防止の徹底を図る。過労による労災申請があった企業は是正確認後も監督指導を継続するという。
重大で悪質な違反が確認され、改善がみられない企業は、調査にあたった労働基準監督署が送検するとともに、社名や違反内容を公表する。
9月1日には過重労働などに悩む若者からの無料電話相談を受け付ける。相談先はフリーダイヤル(電0120・794・713)で、午前9時から午後5時まで。
田村憲久厚労相は「若者を使い捨てにするような企業をなくしていきたい」と述べ、違反が確認された企業には厳正に対処する方針を示した。
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実際に発生した残業に対しては、時間外労働手当を支払う義務がありますが、会社側が取り得る残業対策としては、(1) 残業の発生を未然に抑止するもの、及び、(2)発生した時間外労働に対する残業代の支払いを合法的に管理するもの、という区分で考えることができます。

(1) 残業の発生を未然に抑止する対策

残業発生を未然に抑止する対策として基本的なものは、上司の事前承認を得た上ではじめて残業を行うことができる、というルールを社内で徹底することが挙げられます。中小企業では、時間外労働の申請書兼記録カードを運用している会社も多いかと思いますが、申請書には、何のために残業をする必要があるのか、何時間の残業が必要と見込まれるのかについて記載し、上司がその必要性を判断するという流れになります。
 
上司が内容を確認するプロセスを経ることで、明日に回しても差し支えない内容や他の社員の応援で残業を回避できないかなど、事前に対策を講じることも可能になります。また、この事前申請と確認の流れを就業規則にも定めておくことが望ましい状況です。まだ実施していない企業は、検討されてはいかがでしょうか。
 
とは言うものの、これはあくまでも抑止力を期待する対策、あるいは、代替策で残業時間を減らすための打ち手ですので、例えば上司が機能しておらず、部下が勝手に残業をしてしまうという状況に対しては、効果は低いと言わざるを得ません。実際に発生した残業に対しては、たとえ所定の承認プロセスを経ていなくても、法定の時間外労働手当を支給することが法律上は要求されます。
 
ですので、このような場合は、別の打ち手を考えておく必要があります。ただ、所定の手続きを経ないで残業を繰り返すような社員がいる場合は、残業申請手続きを就業規則に定めておくことで、懲戒処分の対象にすることもできますので、申請手続きのルール化と合わせて就業規則にも記載しておくことが重要です。しかし、もっと組織とその構成員の成熟度が向上して、このような管理をしなくても、円滑に運用される状態を多くの組織で実現したいものです。

(2) 発生した残業に対する対応策

実際に発生した残業に対しては、当然ですが時間外労働手当の支給が必要になります。ここでは、事後的にどのような対応が可能か、いくつか例を挙げてみます。まずは、近年導入する企業が増えている「前払い型のみなし残業手当」の支給です。これは、毎月の基本給などに、一定の時間数分の時間外労働手当をあらかじめ含めて支給するというものです。

例えば、毎月20時間分の時間外労働が発生するものと想定して、あらかじめ基本給に20時間分の時間外労働手当を含めて支給しておき、実際の各月の時間外労働が20時間以内で収まった場合は、追加の時間外労働手当を支払わないというものです。あらかじめ定額で支払う手当ですので、実際の残業時間が想定時間より少なかったとしても、当然のことながら一旦支給した手当を減額することはできません。

10数年程前から外資系企業を中心に導入企業が広がり、最近は国内の中小企業でも導入が広がっているものと思われます。但し、この方法で気を付ける必要があるのは、法律で認められたやり方ではなく、あくまでも、過去の判例の積み重ねで、労働基準法に抵触しないと判断されたケースがあるということに過ぎません。ですので、実際に導入する場合は、上辺だけを真似するのではなく、判例による判断基準に照らして全ての条件を満たしているかどうか、慎重に見極めた上で実施することが求められます。

すでに導入されている企業では、少なくとも以下の点が満たされているか、改めて確認をされることをお薦めします。また、現在検討されている会社では、これらの点に充分留意されてから導入を検討されることをお薦めします。
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【前払い型のみなし残業手当導入時の留意点】

就業規則に具体的な内容を定めること

給与規程に同制度の内容を具体的に規定し、前払いみなし残業手当が何時間分の時間外労働に相当するものかを明記しているか?例えば、「時間外労働20時間分を含むものとする。」という記載をしている場合、深夜残業、休日労働分は、別途支給していることが求められます。深夜・休日労働分も含めて20時間分の手当が含まれているという趣旨である場合は、具体的に、通常の時間外労働、深夜残業、休日労働分が、それぞれ何時間分ずつ含まれているかを明らかにする必要があるでしょう。

想定した時間外労働を超過した場合、超過分の残業代を支給すること

当然のことながら、この例で言えば、月間20時間以上の時間外労働が発生した場合は、その超過労働部分については、時間外労働手当を計算して支払う義務があります。前払い時間外労働手当を導入したからと言って、いくら残業をさせても良いというわけではありません。これをやってしまうと、まさに冒頭に挙げたブラック企業化してしまいます。

前払い残業代に相当する残業時間が、実態と乖離していないこと

毎月の平均残業時間が、例えばタイムカード上では15時間程度であるにもかかわらず、前払い残業手当は40時間分相当とするなど、実態との乖離が大きい設定は避けた方が無難と思います。前払い型のみなし残業手当を基本給等に組み入れることは、元々は、給与計算の煩雑な事務を簡素化したいという会社側の意図もあると考えられるため、あきらかに実態と乖離のある水準を設定することは、タイムカード上の記録と実態に乖離があるのでではないかなど、何かしら不都合な事実があるのではないかとも考えられかねません。
 
導入時に客観的に合理的な説明が可能なこと
 
この制度を導入する際の社員コミュニケーションも重要です。会社がこの制度を導入する場合、やはり残業代の抑制が主眼になるかと思いますが、今までの月額基本給に単純に毎月(たとえば20時間分)の残業代を上乗せして支払うことは、コスト抑制の観点から踏み切りにくいと思います。結果として、「今までの基本給に、実は月間20時間分の残業代を含めていた。」という「後付け」の理由をつけるということも起こり得ます。「年俸制でもともと残業代は年俸に含まれている。」というような伝え方をしてきた会社でなければ、社員コミュニケーションの難度は高いでしょう。ちなみに、年俸制だから残業代はもともと含まれているという会社の言い分は、労働基準法上は、全く通じませんので、お気を付け下さい。
 
営業職、裁量労働制の対象者等に対する対応との整合を図ること

一口に前払いみなし残業手当といっても、時間外手当の支払い義務がある社員全員に一律に適用すればいいというわけでは、必ずしもありません。例えば外回りの多い営業職に事業場外みなし労働時間制を適用しており、所定労働時間を上回るみなし労働時間を設定している場合、営業手当として所定労働時間を超過しているみなし労働時間に対して、営業手当を支給していることがあります。事業場外のみなし労働時間制は、そもそも厳密な時間管理が困難な職種にのみ適用される制度ですので、時間外労働という概念にそぐわないですから、前記の営業手当の額とその他の職種の前払い残業手当の水準を説明可能な範囲で整合させておくことが必要かと思います。実態としては、このあたりがごちゃごちゃになっている会社が少なくないようです。
 
裁量労働制を適用していて、裁量労働手当を支給している場合なども、同様の確認が必要です。裁量労働制も、そもそも時間外労働という概念とは相反する部分もありますので、ここをどう合理的な説明をつけられるかは、人事部の腕の見せ所ですね。

このテーマは、様々なケースがあり文章にすると長くなりますので、さらに詳細に確認されたい方は、個別にお問合せください。その他、法定内残業の割増率を見直したり、フレックスタイム制、事業場外労働のみなし労働時間制、各種変形労働時間制の導入などが残業抑制に効果を発揮する場合もあります。このあたりの解説は長くなりますので、またいつか稿を改めてお伝えしたいと思います。


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