人事制度統合と裁量労働制

2013年06月22日

2013年6月22日

 

合併・買収の状況下で組織・人事領域の統合を支援することが多いのですが、注意していないと蔑ろにされがちなのが就業時間管理の統合ではないかという印象があります。もちろん合併・買収時に、ひとつの仕組みに統合はするわけですが、しっかりした検討をせずに統合してしまい、後々課題が残るということが少なくないのではないでしょうか。課題認識があれば、まだ手の打ちようはありますが、経営陣に課題認識がないと、放置されたままの状態が続いてしまうことになり、気が付かないうちに、社員のモチベーションを下げ、転職を誘発するようなことにもなりかねません。そのようなトピックの中でも、今日は裁量労働制の統合について考えてみたいと思います。


裁量労働制は、労働基準法に定められたみなし労働時間制の一つですが、適用対象によって専門型と企画型の2つの種類があります。専門型は、新しい技術開発などの専門職、企画型は、本社をはじめとする企画機能等を担う社員が対象です。管理職は元々労働時間規制の対象外ですので、この制度は、非管理職の中でも、仕事の時間配分や進め方などの決定を自律的な判断に委ねられるだけの十分な経験と能力がある社員階層のみを対象としたものです。裁量労働制を適用すると、時間外労働(いわゆる残業)という概念がなくなり、仕事の結果を第一義的に問われることになります。したがって、時間外労働(残業)手当の支給はなくなり、代わりというわけではないですが、裁量労働手当が支給され、また、変動賞与の上下限額を、裁量労働制が適用されていない社員よりも高く(低く)したり、別建ての裁量労働賞与を支給することもあります。


裁量労働手当については、多くの企業が導入していますが、裁量労働制の適用者に特別に支給されたり、上乗せされる賞与は、実施している企業もしていない企業あり、M&A後の人事制度統合では、一つの課題になります。ところが大企業の場合、人事統合を進めるチーム体制は、人事制度統合チーム、退職金統合チーム、就業条件・福利厚生統合チーム、労政対応チーム・・・という感じで縦割りのチーム体制になりますので、定期的な横串し調整会議を行ったとしても、気が付いた時には、ほかのチームの設計作業との調整が間に合わないとか、そもそも課題に気が付かなかったり、気がついても面倒だから敢えて課題提起しない、という状況が出てきます。


人事制度統合チームは、統合新社の人事方針、並びに、統合する関係各社の賞与の支給の仕組み・水準等を踏まえて、統合案を検討していきますが、初期の段階から、統合新社での裁量労働制の適用を検討している就業条件チームと、常に情報交換をしておくことが、本来は必要ですね。こういった人事統合全体プロセスの実務的な面まで先回りしてリスクを未然に防ぐのも、外部アドバイザーの重要な役割だと認識しています。いわゆるプロジェクトマネジメント支援です。

 

労務行政研究所の最新の調査によると、従業員数300人未満の会社で専門型の裁量労働制を導入している割合は、11%程度ということです。従業員1000人以上の規模で、16%ぐらいです。ただ、M&Aを実施する企業に関しては、この制度の導入率は、もう少し高いのかなあ、というのが現場での実感です。というのも、当事務所で支援するM&A人事案件では、3件に1件ぐらいは、この制度の扱いがひとつの課題になっています。クライアントの外資系企業比率が高いことが関係しているかもしれません。


例えば、日本市場に進出する外資系企業が、日本の同業他社と合弁会社(ジョイントベンチャー、 JV)を設立するというケースがあります。このケースでは、片方にしか裁量労働制がないですが、外資企業側のグローバルポリシーの中に、裁量労働制適用者の賞与の振れ幅をどのように組み込むのか、基本給以外の諸手当を払わない傾向にある外資企業のポリシーの中で、裁量労働制対象者の裁量労働手当をどう処理するか、といった課題がでてきます。そもそもJVでは、裁量労働制は適用しないということも選択肢の一つとして、当然上がってきます。会社にもよりますが、日本企業と比べて、就業管理がゆるやかな外資系企業が少なくないとすれば、また、貢献に対する処遇は、基本給で全て応えるというポリシーであれば、敢えて導入することもないという論理にもなります。


ところが、JVのもう一方の当事者である日本企業では、裁量労働制の適用対象者となることは、「社内的なステータスがあがる」(と当事者の社員に認識されている)というような場合もあり、すぐに、「じゃあ、この制度はJVではやめましょう。」とならないところが、一筋縄ではいかないところです。


JVの場合は、資本関係や将来のJVの位置づけ、社員の雇用関係を最終的にどうするかということなども総合判断して結論を出すことになりますが、この検討プロセスの中で、外部アドバイザーが果たす役割は、論点を整理して正しい議論の方向性を維持するように側面支援する、両社の間でのコミュニケーションの媒介となって、ちょっとした行き違いや誤解の芽をつぶす、第三者としての意見をズバっと言う、時には、行司役として「水入り」にする、など、技術的な仕組みの導入・統合の検討だけでなく、プロセス面での支援が重要と認識しています。


M&A人事アドバイザリーの醍醐味は、やはりプロセス支援を通じて、双方の会社同士が腹を割って議論し合える土壌を作っていくとともに、後で振り返って、「同じ釜の飯を食った仲間」という感覚をお互いに持てることだと思います。個人的に、「同じ釜の飯効果」と言っていますが、やっている最中は、修羅場が多いので大変ではあります。でも、修羅場を乗り越えると成長を実感できるのが快感でもあります。また新たな修羅場を求めて、これからも頑張りたいと思います!