モチベーションの源泉

2013年12月26日

2013.12.26
 

プロ野球の楽天が、田中投手の大リーグ挑戦を容認したというニュースが流れました。お金とモチベーションに関する分かりやすい事例だと思いますので、このブログでも取り上げてみたいと思います。
 
報道によると、FA資格を取得していないマー君は、ポスティング制度を活用して大リーグの球団と交渉をする必要があるということです。しかし、この制度を活用するためには、楽天側がOKを出す必要があります。マー君を放出することで楽天が得られる移籍金は最大20億円という上限が設定されており、これがポスティング制度活用のネックになるとみられていました。同選手の市場価値は、はるかに高いと言われています。
 
楽天の三木谷オーナーが難色を示していたという一部報道の背景には、楽天が手にする上限額が低すぎるという憶測が入っていたと思いますが、一転、移籍容認報道となった背景には、マー君が球団への寄付を申し出たことも関係しているようです。今まで育ててくれた楽天への恩返しということで、継続的な球団への寄付を申し入れ、球団側も、「大変有り難い申し出を頂いた。」というコメントを出しています。
 
プロ野球選手として、強い相手と戦いたいという気持ちは、とても自然なものだと思います。しかし、自らの収入から寄付をしてまで、成功が必ずしも約束されていない舞台に挑戦する人は、そう多くはないだろうと思います。
 
マズローの欲求の5段階説という有名な説があります。第一段階の生理的欲求から最上位の自己実現欲求まであり、マー君のケースは、自己実現欲求に近いのではないかと思います。
 
第一段階(生理的欲求)
生きていくための基本的・本能的な欲求(食べたい、寝たいなど)
 
第二段階(安全欲求)
安心・安全な暮らしをしたいという欲求
 
第三段階(社会的欲求)
集団への帰属や仲間を持つことに対する欲求。この段階までは、外的に満たされることを欲求するレベルと言えます。
 
第四段階(尊厳欲求)
人に認められたいという欲求。
この段階になると、モノなどの外的な要因ではなく、内的な要因によるものへ変化します。
 
第5段階(自己実現の欲求)
自分の能力を引出し創造的な活動をしたいという欲求。自己成長欲求。
 
ここに挙げた低次の欲求が満たされると、より高次の欲求が現れるというのがマズローの欲求の5段階説です。この説に当てはめて考えてみると、日本のプロ野球界で成功し、億単位の年俸を稼ぎ、社会からも圧倒的な認知を受けたマー君は、第四段階の尊厳欲求を相当程度、満たしていると考えてよいでしょう。
 
そうすると、残されているのは自己実現欲求ですが、大リーグに挑戦するというのは、その一つの答えだろうと思います。自己実現を追求できる場が提供されることが、モチベーションの源泉であるわけです。その場を得るためには、多少の金銭的な出費は厭わないということでしょう。

マー君には、是非とも頑張ってもらいたいと思います。こういった自己実現欲求を追求できる人の数が社会の中で増えていけば、もっと社会全体の幸福度や人生の充実感は向上するのではないかと思います。
 
ところで、金銭を得る欲求がどの段階に属するかというと、安全・安心な暮らしをしたいという第二段階の欲求であったり、食べたい、寝たいなどの本能を満足させるための手段としての第一段階の欲求を満たす手段と捉えられます。あるいは、達成した成果の見返りのレコグニション(認知)としての社会的欲求の充足とも言えそうです。
 
ハーズバーグの動機づけ・衛生理論というのがありますが、お金というものは、それ自体が積極的に人を動機づけするもの(動機づけ要因)ではなく、不足すると不満感が高まるもの(衛生要因)として分類しています。
 
一流選手になれば、少なくとも標準的な水準の生活に必要な収入はあるはずなので、安全・安心を得る手段としての金銭的な欲求が満たされていないということはないと思いますが、普通の会社勤めをしている社会人にとっては、金銭的な欲求は、家族を養い、社会生活を営んでいく上で、中々卒業できな難しい欲求であると思います。あるいは、組織内での認知を通じた社会的欲求の充足ということでは、適切な処遇の仕組みを構築し運用していくことが求められます。
 
そういう意味では、経営者は、一定水準以上の給与を継続的に払い続け、適切に社員を認知するというプロセスを通じて、社員の安全欲求や社会的欲求を満たし、自己実現欲求に向かわせる上でとても重要な役割を担っているといえます。
 
最近はアベノミクスの効果(?)で、企業業績に改善の兆しがみられるという統計結果が相次ぎ発表されていますが、継続的に安定的な給料が支払われ続け、雇用も安定していると社員が信じられるような状況になって初めて、社員が自己実現の欲求を探求する前提条件が整うという仮説に立つと、まだ前途多難という感じがします。
 
しかし、低次の欲求が満たされて初めて高次の欲求が現れるというマズローの説が必ずしも正しいとは限らないと、個人的には思っています。
 
例えば、安全の欲求が完全に満たされて初めて、次の段階の欲求が現れるというよりは、安全の欲求の充足レベルが徐々に高まり、完全とは言えないまでもある臨界点を超えた段階では、社会的欲求とその上の尊厳欲求や自己実現欲求が同時に併存することも充分考えられると思うのです。
 
「年収があと100万円増えれば・・・」というようなことを考える人も、現在の日本ではある程度の生活はできる人が少なくないと思いますので、一応、安全欲求や社会的欲求はある程度満たされていると考えられ、会社のビジョンや社会的な貢献・使命に共感して、仕事に邁進する社員の集団を形成することも充分可能なことだと思います。
 
マズローは、最高段階である自己実現欲求のさらに上に、「自己超越」という段階があるということを晩年に発表しました。この段階は、何の見返りも求めず、エゴを超えて、目的の遂行と達成を純粋に求めるという欲求段階と考えられています。脳生理学か何かの研究成果をまとめた本のことを思い出しましたが、それによると、利他的な行動を実践している人の脳内では、快感物質が無制限に出ているというようなことが書いてあった記憶があります。ここまでいくと、超人のレベルかもしれません。

しかし、少なくとも、自己実現欲求を追求できるところまでは、自分を高めていきたいと思いますし、将来、社員を雇うようなことがあれば、そういうことを追求できる場を提供できる組織でありたいと思います。