2014年04月20日
2014.4.20
時間外労働(残業)対策については、「前払い定額残業手当の最近の動向」を中心に何度か取り上げてきましたが、今回は、中小企業に関して近い将来想定される法改正の観点から、対策を考えていきたいと思います。社員が残業をした時の残業手当の計算方法は、労働基準法の施行規則で厳密に規定されているところですが、残業手当計算に用いる割増率は、法定の最低基準を上回ってさえいれば、会社が独自に決めることが可能です。現在の基準は、以下の通りです。
法定の割増率(最低基準)
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大企業 |
中小企業 |
通常の法定時間外労働 (月間60時間以内の部分)
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25% |
25% |
通常の法定時間外労働 (月間60時間を超える部分) |
50% |
25% |
ご覧のとおり、中小企業では、社員一人一人の月間の残業時間がどれだけ増えても、割増率は25%以上であればお咎めはありませんが、大企業に関しては、月間残業が60時間を超える社員に対しては、最低50%の割増率で残業手当を計算して支給することが、法律上、強制されています。
長時間労働の常態化によるメンタルヘルス問題や過労死の増加などを背景に、平成22年4月1日から大企業のみに適用が開始されたものですが、中小企業に対する適用は猶予されていたものです。法改正から3年が経過した昨年(平成25年)4月に、中小企業への適用拡大を検討するということが法律上定められていましたが、昨年は適用拡大に至りませんでした。
しかし、厚生労働省の諮問機関である労働政策審議会において、昨年9月に本件が検討されており、1年以内を目処に適用拡大をするか否かの方針を定める旨の議事録が公開されています。つまり、今年の秋口には方針が示され、早ければ2014年中に適用拡大が視野に入ってきている状況にあります。また、1年を目処に検討というのは方針であって、時期が早まる可能性もないとは言えない状況です。
ここでいう中小企業の定義は、以下の通りです。
【割増率50%以上の適用が猶予されている中小企業の定義】
※AまたはBに該当する企業は、現在適用が猶予されています。
業種
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A.資本金または出資総額 |
B.常時雇用する労働者数 |
小売業
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5000万円以下 |
50人以下 |
サービス業 |
5000万円以下 |
100人以下 |
卸売業
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1億円以下 |
100人以下 |
その他産業
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3億円以下 |
300人以下 |
(注)事業場単位ではなく、企業単位で上表の基準により判断します。
この法改正が実施された場合、どれくらい人件費に影響があるのか試算してみましょう。
【例: 月給30万円、時間当たり賃金2千円、月間残業80時間の場合】
a. 従来の法律:割増率は一律25%
-2千円 x 80時間 x 1.25 = 20万円(残業手当)
b. 新しい法律:月間60時間までは25%割増、60時間超は50%割増
-2千円 x 60時間 x 1.25 + 2千円 x 20時間 x 1.5 =21万円(残業手当)
この例では、一人当たり月間1万円の残業手当増となりますので、社員50人の企業であれば、月間50万円のコスト増ということになります。恒常的に長時間労働の実態がある会社で、月間60時間を超える残業が発生しているようであれば、無視できない増加です。率にして5%の増加ですが、労働・社会保険料の負担を含めると6%近くになるでしょう。
平均して月間の一人当たり残業時間が60時間以内で収まっている会社であれば、コスト面では、それほど大きな影響はないものと思われます。但し、特定の部署・特定の社員が季節要因やその他の特殊要因で、ある月の残業が大幅に増える場合などは注意が必要です。
一般的には、経理部門の決算対応時期や管理部門における基幹システムの入れ替えなど、イレギュラー対応の際に、残業手当が嵩む可能性が考えられます。特に規模が小さい組織では、仕事のノウハウが属人化し、特定の社員に業務が集中する傾向が大企業よりも強いため、「残業代で稼ぐ」社員が増え、業績や人事評価に応じて支給する賞与・インセンティブの相対的な重要度が、本人の気持ちの中で下がってしまう可能性もあります。
人材マネジメント上は、こちらの方が懸念するべき事態です。会社への質的な貢献度とは別の観点(労働時間の量)によって稼ぐことができる仕組みであるため、健全な人材マネジメントを歪める可能性も内包した制度と言えます。
現在、適用が猶予されている会社は、今のうちから、月間残業時間を60時間以内に収める工夫を進めておかれることが必要と思います。コスト増加を抑えるという観点に留まらず、健全な人材マネジメントを機能させるという観点からも、この工夫が必要だと思います。
人を増やせば簡単な話かもしれませんが、そうはいかないことが多いですので、基本的には、業務の標準化をどれだけ進められるかということと、不必要な残業が発生しないように事前の上司の許可を徹底する、変形労働時間制の導入など、プロセス面の見直しが基本になるものと思います。
あるいは、代替休暇制度を導入することもありえます。割増率の増額改定とセットで、月間60時間を超える部分の残業代支払いに代えて、労使協定を結ぶことにより、代替休暇を付与することも労働基準法上、認められています。この制度を導入すると、月間60時間以上の残業に対しては、これまで通り、25%の割増賃金を支払う必要はありますが、残りの25%の割増賃金は、代替休暇の取得と相殺され、会社としては支払いの義務が免除されます。
2013年の厚生労働省「就労条件総合調査」結果によると、この代替休暇制度を導入している会社は、1000人以上規模の大企業で14%、3~99人の小規模企業では33%という統計値があります。 そもそも休暇を取得できるような就業環境であれば残業も発生しないということもあり、制度を導入したとしても本当に代替休暇が取得できるかどうかは微妙な所もあるというのが実態ですが、ワークライフバランスの維持と人件費の高騰回避、さらに人材マネジメントの健全性の維持という観点から、可能であれば、一度検討してみても良い施策ではないかと思います。