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就業条件と福利厚生の統合①

2014.1.26
 

今日は、M&A人事統合に関する実務編として、就業条件と福利厚生の統合のポイントをまとめたいと思います。2006年頃に書き溜めていた原稿をもとに、その後の統合実務の進化も加筆する形で、数回にわたりお届けします。冒頭は、人事統合の現場を小説風にアレンジしたよくありそうなケースから始まります。
 
 
M&Aを成功に導く就業条件・福利厚生統合の実務
 
統合現場の迷走
 
人事制度の設計も進みイメージが出来上がってきた頃、各社の人事部員が、統合推進部の別室に集められていた。「すでにご連絡があった通り、皆さんには、福利厚生の統合案を策定して頂きます。配布した資料には人事統合タスクフォース(以下、人事TF)で作成した人事戦略が記載してありますので、この方向で統合案の策定を進めてください。」
 
人事制度設計の現場を取り仕切っている小林課長は、資料を基にこれまでの人事制度設計の経緯を手短に説明した後、人事TFの打ち合わせに参加するため退出していった。手渡された資料には、統合案策定のマイルストン、内部承認プロセス、経営承認、労使折衝などのスケジュールとともに、人事TFで策定した人事戦略の一つとして、以下の「福利厚生の統合方針」が記載されていた。
 
 
· 「福利厚生分野においても、成果創出に寄与する施策を重点強化する」
 
· 「福利厚生分野で、年間5億円のコスト削減を行う」
 
 
2週間後、各メンバーは通常業務の終了後と週末を使って作成した各社の福利厚生制度および統合案を記載した比較表を持ち寄り、議論を開始した。
 
「福利厚生費の60%は社宅費用であるため、年間5億円のコスト削減のためには、ここに手をつけざるを得ないと思います。」 住宅施策の統合を担当するA社の人事・総務担当の宮崎が説明を始める。「具体的には、社宅の利用料を現在の水準より相当上げる必要があります。試算したところ、賃料の30%程度に設定すると年間、2億円程度削減できます。」 
 
「ということはB社の社宅入居者は、毎月2万円も負担が増える人が出るよ。それって3年分の昇給が吹っ飛ぶのと同じだよ。これはちょっと、できないよ。」 B社の社宅実務を担当する井上は、とんでもないという顔をしている。 

「そもそも5億円削減なんて誰がどういう経緯で決めたんだ? うちは2年前に利用料を改定したばかりで、組合にも当面は制度の見直しはしないと言ってしまってるんだ。 だいたい、こんなことしたら転勤者のモチベーションは下がるし、採用でも支障をきたすんじゃないか?」
 
そこへ共済会の統合を担当する渡辺が口を挟む。「人事戦略には、成果創出に寄与する施策を重点強化するって書いてあるけど、福利厚生の中でどの施策のことを指しているんだろう?社宅だってそんなに利用料をあげたら士気が下がって、それこそ成果創出に影響するかもしれないよ。競合のCメーカーに転職をする営業も増えるかもしれない。

それよりも、共済会の統合は何も方針が出てないけど、成果の創出に直接貢献はしないだろうから、解散してコストを削減したほうがよいか否か、意見を聞かせてもらえないか?」
 
「人事TFの人に聞いたんだけど、成果創出に寄与する施策って、特に何か具体的なものをイメージしているわけじゃないので、それは福利厚生チームで検討してくれだって。」
 
「住宅手当はどうなってるんだ?合わせて検討しないと片手落ちだよ。あ、それは賃金項目だから人事制度設計チームの担当なのか。どうしようか。」
 
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いかがでしょうか。上記の福利厚生チームの議論は、なかなか出口が見えそうにありません。どうすればよいのでしょうか。
 
就業条件・福利厚生の統合におけるリスク
 
人事戦略という言葉から想起されるものは幅広いと思います。実際、様々な観点から人事戦略を策定するアプローチが考えられますが、ここでは、一つの考え方として、(1)人材フロー、(2)給与・賞与を中心とした金銭的な処遇、および、(3)福利厚生の3系統の観点から戦略を立てることを前提に論を進めます。

この3系統の中で、人事戦略の策定が漏れてしまいがちなものが福利厚生系統(就業条件、福利厚生、退職給付)です。新社の人材マネジメントの仕組みを構築していくプロセスの中で川下に位置することが大きな要因であると思われます。

なかでも就業条件と福利厚生は疎かになりがちな分野であり、特に留意して人事戦略を策定し、その戦略に沿った方向で設計作業を進めていく必要があります。さもないと単純に各施策・項目ごとのベンチマークやコストの比較などによる統合作業に終始してしまうリスクが高い分野であり、出来上がった全体が統一感に欠け、経営戦略をサポートしないパッチワーク的な代物ができあがってしまうリスクがあります。これは経営統合をしない普通の会社でもよくある状況です。
 
冒頭のケースのように、戦略が策定されたとしても、実際の統合実務のよりどころとするためには、もう一歩踏み込んだレベルの方針が必要となる場合が少なくありません。このような状況が生じる背景には、仕組み構築プロセスの川下に位置すること以外にも、いくつかの原因が考えられます。

ひとつは、就業条件・福利厚生という言葉の中に内包される仕組み・制度の数・種類がとても多いということがあります。さらに、ひとつひとつの仕組みが相互に独立しており、人事制度のように有機的に関連する構造にはなっていないということもあります。

この分野における性格の異なる諸施策をひとまとめにしてワンフレーズのスローガンで括ってしまうと、必然的に抽象度が高くなります。そして、個別の施策を具体的に議論する段階になると、議論が煮詰まった時の羅針盤としての機能を果たさないばかりか、議論そのものがはじめから迷走してしまいかねません。冒頭の住宅施策の議論のような状況は、実際の合併案件などにおける人事統合の現場で、少なからず起こっています。このケースでは、次のような方針を設定していました。
 
· 「就業・福利厚生においても、成果創出に寄与する施策を強化する。」
 
これはこれで結構な方針で、必要なものと言えます。しかし、統合実務に進むためには、もう一歩踏み込んだ実務レベルでの統合の指針となるべきものが必要です。就業や福利厚生分野の全体方針だけでなく、住宅や医療など個別領域ごとの方針の設定が重要です。たとえば大企業における住宅支援施策(社宅・寮、住宅手当など)では、多くの企業が長年打ち出してきた従業員の持家取得の促進策を統合後も維持するのかという観点についての方針が必要ですし、あるいは、就業条件における企業の社会的責任などを議論する際には、統合新会社の労働CSR的な観点から、雇用や社員の不慮の事態における会社の果たすべき社会的使命なども意識した広範な議論が必要になってきます。

本来、人事制度の統合や人材配置の検討チームと共通のメンバーで取り組むことができれば理想的です。しかし、現実には極めて限られた統合スケジュールの中で人事統合を進めるためには、チームを細分化して同時並行で進めるということが避けられないケースが少なくありません。もともと機能細分化が進んだ大企業では、必然的にそういった流れになります。この状況が、全体的な方向性と就業・福利厚生分野の方向性にずれが生じるリスクとなります。
 
さきほど、就業条件・福利厚生の分野は、「新社の人材マネジメントの仕組み構築プロセスの川下に位置する」と書きました。つまり、この分野は、人事制度の統合設計の影響を受けるということです。しかも、タイトな統合作業の時間軸の中で別々のメンバーの手によって同時並行して進む人事制度と就業・福利厚生の統合案は、個別にはそれぞれの分野の考え方によって進められるリスクがあります。

結果として、「納期に間に合わせるために両岸から同時に橋を工事していったら、川の中央ですれちがってしまった。」という笑えない状況が、経営レベルから現場レベルに至るあらゆるところで起こり得るということです。統合作業に従事する全ての関係者が全体最適の視点を常に意識し、かつ、関係諸チームの方針や進捗をこまめにチェックして事を進めないと、各チームが正しいと思うことを進めていたとしても、最終的に合成の誤謬に陥るリスクがあるということです。
 
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このトピックは、何回かに分けてシリーズでお届けする予定です。別のトピックも間に挟まると思いますが、今後も続けますので、ご興味のある方はお楽しみに。

 



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