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M&Aにおける合意形成

2013.6.15


川崎重工が、社長を含む統合推進派の解任決議を行い、三井造船との経営統合を白紙撤回しました。社長、経営企画担当の常務らが交渉を進め、取締役会に諮ったところ、反対多数となったにもかかわらず、強引に統合交渉を進めようとしたことが、解任動議発動の背景と報道されています。川崎重工の造船部門の売上・利益比率が低いことから、M&A実施の妥当性について、合意形成が進まなかったということもあるようです。株価の反応からみても、市場は統合の白紙撤回を歓迎しているようです。そうだとすると、統合推進派であった社長以下の取締役は、経営者としての資質が十分であるかという疑念が生じてきますし、また、自己の利益を超えて、全体を俯瞰する視点が乏しかったということもあるのかもしれません。その観点からは、解任動議という劇薬を発動した取締役会の判断は、企業統治機能が適切に機能した、ということも言えるのではないかと思います。報道されているほかにも、複数の事情が絡み合ってこのような事態に至っているのだとは思わいます。しかし、なにも知らない我々一般大衆からすると、なにか汚らしい印象を受けるのではないでしょうか?それは、動物的な生存本能に起因した騒動に見えるからかもしれません。


組織・人事の領域からM&A企業を支援してきた経験から言えることは、「M&Aでは、それまで潜在化していたあらゆる問題・課題が、顕在化する」ということです。川崎重工の例でいえば、実態は分かりませんが、報道されているように、各事業部門の利益代表化した取締役の間の権力闘争という一面もあるかもしれません。組織の横串の連携は、日本企業に限らず、万国共通の課題です。これは、現在の組織形態とマネジメント手法の範囲では、自分(自部門、自分の処遇)の利益より、全体(会社の存続、成長)を優先されられるか、という極めて重い選択を迫られることにもつながりますので、中々うまくいかないわけです。


潜在化していた問題という観点では、組織・人事の世界でいえば、統合新社の組織設計プロセスの中で管理ポストの人選をしていくときなど、実は社内に適材が存在しないという状況も頻繁に判明します。もちろん、当事者としてはそのような状況は百も承知しているわけですが、M&Aという荒波に背中を押される形で、「では、どうするか?」ということに本腰を入れざるを得なくなります。外資系企業のM&Aなどでは、人材がいないと見極めたら、即行動(社外からのヘッドハント)ですが、国内企業は、その辺は、まだゆったりしていますね。


「M&Aを成功させる秘訣は何か?」ということは、色々と議論のあるところではありますが、今回の件で、改めてプロセスの重要性が認識されたのではないかと思います。機密性や時間との闘いという面があるM&Aは、的確な経営判断のもと大胆に進める必要がある一方、様々な利害関係者に大きな影響が及びますので、慎重な合意形成プロセスも必要だということです。しかし、多くの時間はかけられません。そういう厳しい状況の中で、自社の利害関係者の合意形成ができないということは、全く背景の異なる相手会社との合意形成はもっと難しいと考えるのが普通でしょう。


M&Aが確定してからも、様々な合意形成を求められる場面が次々とやってきます。私が直接かかわった案件の中でも、資本的に優位な立場にある側の統合推進委員の進め方が強引だという話になり、統合推進委員会自体が空中分解寸前までになったケースがあります。最終的には、資本的優位な会社側の統合推進委員を総入れ替えするということで、事なきを得ましたが、まさに食うか食われるかの世界です。動物としての生存本能が前面に出てきます。別の言い方をすれば、「自我(エゴ)」の衝突があちこちで起こります。


人事の領域でいえば、たすき掛け人事を筆頭に、各等級における人数比率は、出身会社別のバランスを重視したり、最年少の課長、部長は、同じ年度に入社した社員とするなど、勝った負けたという状況を避けるための措置(?)が、施されることが、日本企業のM&Aでは少なくないように感じます。人事評価の分布も出身会社別のバランスを重視ということまで行われていないとは思いますが、そこまで行くと、その会社は潰れないにしても、明るい未来があるとは思えません。少なくとも、社員から自発的に貢献しようという意識は生まれにくいと思います。
 

当社が人事戦略や人事制度の統合をお手伝いする場合は、「全体最適と部分最適のバランス化」 という視点を必ず盛り込みます。特に、ここでいう全体最適とは具体的にどういう考え方なり、行動の仕方なのか?ということを、関係当事者と練り上げます。練り上げたものを、統合新社の人事戦略や人事制度の設計・運用の根底に根付かせることで、出身会社の利益を考える思考回路を早期に断ち切り、スクラムを組んで仕事に取組み土壌が形成されてきます。文字にして書くと簡単ですが、実際の議論は、生存本能がぶつかり合うので、合意形成は簡単には進みません。しかし、この合意形成プロセスに投資する時間を惜しんで何もしなければ、統合新社の健全な企業文化の形成は、とても時間がかかってしまう可能性が高いですし、一歩間違うと、足を引っ張り合う文化が蔓延してしまうこともないとは言えません。やはり、時間をかけられないM&Aの状況化だからこそ、質の高いプロセスを通じた合意形成は、経営陣から現場までのあらゆる階層で必要だと思います。
   
   
 



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