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事業譲渡による転籍の実際

2013.12.7


今日は、久しぶりにM&Aのトピックです。M&Aといっても様々なスキームがありますが、人事・雇用領域におけるクロージングまでの対応プロセスで、ひときわ大変なのが、事業譲渡の場合です。事業譲渡では、全ての資産、債務、契約等を個別に、買い手、あるいは、新会社に移管していく手続きが必要になります。したがって、社員の雇用契約に関しても、一つ一つ移管の手続きを取らなければなりません。つまり、新しい人事処遇条件を設定して、一人一人の社員に対して条件を提示し、合意を得なければ、社員の転籍を実現することはできません。

通常、人材は買収対象のビジネスを運営する上で重要な人的資本とみなされることが多いので、事業譲渡の契約書で、「対象事業の社員の円滑な転籍の実現」を案件のクロージング条件にすることもあります。円滑な人材の転籍を行うために、契約上よく設定されるのが、「買い手企業は、全体として従前と同等程度の人事処遇を提供する」という条件です。大体同じぐらいの報酬や労働条件を提示するので、「買い手としては、是非転籍してきてほしいと思っている」という意思表示と理解することもできます。あるいは、売り手側の強い意向で、「取り敢えず、同等処遇の提示に合意しているだけ」ということも有り得ます。このあたりは、戦略によって様々だと思われますが、基本的には、社員に転籍してきてもらわないと困ると思っているケースが多数派だと思います。少なくとも短期的には。

一方、売り手企業としても、いくつかの事情が考えられます。労働組合の面子や今後の別の事業売却も視野に入れて、少なくとも同等程度以上の処遇を提示するよう、買い手と交渉をしていることが考えられます。 また、事業を売却した後、多くの社員が転籍に同意せずに自社に残ることは、売り手企業のリスクとなるので、その観点からも、できるだけ社員が転籍に合意しやすい状況を設定しようというインセンティブも働きます。

これまで従事していたビジネスは売却してしまうので、もし転籍に同意しない社員が発生した場合は、雇用し続けるための仕事を作らなければならなくなります。しかし、現実にはそんなに簡単に仕事は作れないため、人件費がダブつき、事業売却した意味がなくなってしまいかねません。結果として何が起こるかというと、売却企業の早期退職制度の適用などをして、「割増退職金を支払って、同等の人事処遇水準の会社に転籍する」ということになります。

企業グループ内における親会社から子会社への転籍のケースなどでは、転籍により、処遇水準が切り下がることへの補償の意味合いで、転籍一時金を支払うことがありますが、資本関係のない会社間でのM&Aでは、転籍前後の処遇水準の格差がなくても、転籍一時金(≒割増退職金)の支払いが発生するということは、グループ内転籍の場合の転籍一時金とは、支給の趣旨が少し異なるということですね。

何のために転籍一時金を支払うのかというのは、実際のコミュニケーション上、ストーリーメイキングが必要な部分です。「●●に対して転籍一時金を支払う」という合理的な説明を考えるわけですが、実際は、処遇格差を埋める以外の支給目的は、慰謝料的な意味合いなのでしょう。実際問題、売却事業とセットで転籍してもらわないと困るという企業の論理がありますから、つまり、会社都合で雇用契約の解除を申し出ているのと同じことなので、転職など全く考えていなかった社員に対しては、仮に人事処遇が同じだとしても、何がしかの転籍一時金のようなものは、あってしかるべきだと思います。

割増金をもらえる分だけ得⇒転籍に同意するという人もいると思いますが、実際は、慣れ親しんだ会社から、突然、良く知らない(?)会社に転籍するということは気持ち的な抵抗感がとても強いので、人事処遇面が同じだからと言って、簡単には転籍に合意できない人が多いのではないかと思います。売却企業の経営状況が、明らかに危機的という感じでない限り、大方の人は、少しは躊躇するはずだと思います。

そこで重要になるのが、やはり痒いところに手が届く丁寧なコミュニケーションです。買収側企業の経営戦略の中で、買収事業がどのように位置づけられているのか、会社の経営体制や中長期的なビジョン・戦略の方向性、組織体制、上司・部下の状況、勤務地・・・などなど、様々な観点から、対象者が安心して、かつ、モチベーションを維持して転籍してくれる状況を作り出す必要があります。

このプロセスを丁寧にやることで、Day One後の立ち上がり具合が大きく変わってくるでしょう。ちょっととりとめのない文章で、まとまりがないですが、あくまで気ままに書いているブログなのでご容赦ください。今日はこの辺で筆(?)を置きます。

 



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