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M&Aの成功確率と企業文化

2013.12.20
 

「M&Aの成功確率は約3割」とよく言われます。企業の命運をかけるような大型のM&Aを検討している場合、経営者として30%の可能性にかけられるかどうかというと、多くの場合、実行を躊躇するのではないかと思います。

だからこそM&Aを実行する前の段階では、候補企業のソーシングの段階を経て、対象企業を絞り込み、様々な角度から対象企業の精査を行います。それがデューデリジェンスのプロセスになるわけですが、ビジネス、財務・会計・税務、法務のデューデリジェンスは、一定の規模を超えれば、ほとんど全ての案件で実施されているといってよいかもしれません。

このプロセスを経て、対象企業の価値を見極め、様々なリスクも踏まえた上で、「これでいける」という経営判断の上で、M&Aを実行しているはずです。そういった厳しい選別・見極めと交渉プロセスを経ても、成功確率が3割程度ということは、M&Aを成功させるということは、3割という数字以上に難しいと考えたほうがよさそうです。

最近、ある大手会計ファームが実施したM&Aに関する調査結果を目にする機会がありました。2013年の春に実施された調査で、売上規模数百億円から数千億円規模の200社以上のM&A経験企業を対象にした調査ですが、2008年以降のM&Aの成功割合が時系列で掲載されています。

同調査では、M&A成功の定義について、「M&Aを実行する際に設定した目標を8割超達成した場合」を成功企業、5割未満の目標達成率の場合、非成功企業としています。この定義によると、時系列でみた成功企業の割合は、以下の通り、徐々に増加している傾向が見て取れます。

2008年 成功企業 26%     非成功企業 21% 
2010年 成功企業  28%  非成功企業 25%
2013年 成功企業  36%  非成功企業 16%

母集団が少ないため、統計上の誤差も考慮する必要はあると思いますが、M&Aを複数回実施する企業が増えている現状も踏まえると、経験を重ねることで成功の勘所をつかんだ会社が徐々に増えてきている可能性が考えられます。

この仮説を支えるような調査結果もあります。過去に実施したM&Aの経験をナレッジ化・標準化している企業を対象に、先程と同じ基準で成功か非成功かを聞いたところ、50%の企業が成功企業に分類されたというものです。

M&Aの経験をナレッジ化している企業の割合が、同調査では全体の7%程度なので、実数としては恐らく20社未満です。これもまた、統計上の誤差が含まれる割合が相当高いですが、方向性としては、ナレッジ化・標準化することが、M&A成功企業になるためにプラスに働いているということは、言えるのではないかと思います。

この調査は、M&Aの担当部門がある会社を対象としたものですので、経験知をナレッジ化している割合がもっと高くても良さそうな気がしますが、まだ成功確率を上げる余地がかなりあるともいえます。同じ観点で調査を継続することには意味があるので、このファームには、今後も是非調査を継続してほしいものです。

ところで、組織・人事系のファームでも、M&Aに関する調査を実施しています。私の出身のマーサー社もM&Aの成功ファクターを探るためのサーベイを実施しています。こちらは、M&Aを成功に導くプロセス面の要素について、特にPMIフェーズに焦点を当てた調査です。ネットで検索できる2012年の41社の参加による調査結果をみると、クロスボーダーM&Aに特化したものですが、最も重要な成功要因として、76%の企業が「事業と組織の円滑な統合」を挙げています。その次に59%の企業が、要となる人材の退職抑止(リテンション)が重要と回答しています。

そして、統合の成否を分けるのが、企業文化への対応であると60%の企業が回答しています。企業文化とは幅の広い言葉ですが、言うならば、その会社の経営方針やトップの個性を起点に、年月を経て形成された有形・無形の価値基準といったところでしょうか。

クロスボーダー案件では、文化の違いが、乗り越える必要がある大きなハードルであることが間違いありません。企業文化の違いに加えて、国が異なることによる社会的な文化の違いと、そこで育った異なる思考経路や価値観を持つ人材との共同作業が簡単でないことは想像に難くありません。

では、国内のM&Aで企業文化の統合がやさしいかというと、やはり同じく難度が高い作業です。仕事を進めるうえでの部署間の協力体制や意思伝達のスタイルの違いから始まり、経営から現場までの縦の指揮命令の流れ、意思決定を行う際の判断基準まで含めた仕事の進め方は、国内であっても、統合する相手企業とは異なるのが普通です。

全く異なる環境で存在してきた会社が一緒になるので、それは必然であり、避けられません。たとえば、国内企業と合併などをした経験のある方であれば、「同じ日本人なのに、日本語が通じない!」という経験をされた人も少なくないのではないかと思います。

それは、共通の原体験を積み重ねてこなかったから、同じ単語を使って話をしていても、その意味するところが違うということが生じてくるからです。また、会社ごとに、眼に見えない価値基準や暗黙の行動規範が存在しているからということもあります。

それを如何に円滑に、かつ、出来るだけ短い時間軸で統合しきるか、というのがM&A成功への分水嶺的なポイントというわけです。同じM&Aでも、合併で資本関係の強弱がはっきりしていて、ビジネスの規模も全く異なるような場合は、強く大きいほうに合わせるということが自然な流れです。しかし、それ以外の場合では、企業文化の統合に対する取り組み姿勢、および、具体的に実施する施策の巧拙が、勝負の分かれ目になるかと思います。

何も手を打たなくても、時間をかければ、自然に一つの企業文化が形成されるという考え方もありますが、それでは、今の厳しい環境下では、会社として生き残れる確率が低くなってしまいかねません。

どれだけ意識的に企業文化の統合を進められるかということは、人事系のコンサルティングファームでは、日々議論されています。しかし、「統合」という言葉には、どこか勝ち負けの匂いも付きまとうのが事実で、それが統合スピードを鈍らせる一つの要因になっている可能性もあります。

統合するのではなく、新しい企業文化を創造すること、Post Merger Creationという観点を持って、勝ち負けではなく、ともに新しい型を作るという姿勢で取り組むことがとても大事だと思います。日本人にとっては、結構得意な進め方ではないかと思いますので、こういった観点から、日本企業発のM&A成功モデルが出てくることを期待しています。



 


 


 



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